背景と研究の目的
ランニングにおけるパフォーマンスを語る際、ストライド長(歩幅)は必ずといってよいほど議論に挙がる要素です。市民ランナーの間でも「ストライドを伸ばした方が速く走れる」「ピッチを上げる方が効率的」といった意見が飛び交います。しかし実際には、ストライド長が酸素摂取量やランニング経済性にどのように影響するのか、そして経験の有無でその最適化能力に違いがあるのかについて、科学的な検証は限られていました。
本記事で紹介する研究「Self-optimization of Stride Length Among Experienced and Inexperienced Runners」では、経験者と未経験者ランナーがそれぞれどの程度、自分にとって経済的なストライド長を自然に選択できるかを比較しています。結果は、市民ランナーにとっても示唆に富む内容でした。
ストライド長とランニング経済性の基本
ストライド長の定義と計算方法
ストライド長とは、走行中に同じ足が再び地面に接地するまでの距離を指します。右足接地から次の右足接地までが一ストライドです。ストライド長は速度とストライド頻度(ピッチ)から算出されます。
計算式:
- 速度(m/s) ÷ ストライド頻度(ストライド/秒) = ストライド長(m)
例えば、時速12 km(3.33 m/s)で走り、ストライド頻度が1.5 Hz(1秒間に1.5ストライド)の場合、ストライド長は約2.22 mとなります。
ランニング経済性と酸素摂取量
ランニング経済性とは、一定速度で走る際のエネルギー消費効率を指します。最も一般的な指標は酸素摂取量(VO2)で、単位はml/kg/minです。値が低いほど同じ速度で少ない酸素量、すなわちエネルギーで走れていることを意味します。
経済的ストライド長(Economical Stride Length: ESL)は、酸素摂取量が最も少なくなる歩幅を指し、好ましいストライド長(Preferred Stride Length: PSL)は本人が自然に選択する歩幅です。PSLとESLが一致していれば、ランナーは自然に最適な走り方をしているといえます。
バネ質量モデルと自然最適化の可能性
ランニングは脚をバネと質量でモデル化することで理解できます。脚の剛性(Leg Stiffness)が自然周波数を決定し、その周波数に合ったストライド長やピッチを人は無意識に選びます。このため、走力や経験の有無にかかわらず、筋骨格系の特性によって自然に経済的なストライドが導かれる可能性があります。
研究デザインと方法
被験者と群分け
研究には33名の被験者が参加しました。
- 経験者群:19名 過去2年間にわたり週20マイル以上を継続的に走行している者。大学駅伝チーム所属の選手も含む。
- 未経験者群:14名 生涯を通じて週5マイル以上走ったことがない者。ただし健康であり、水泳や自転車など他競技で活動している。
実験プロトコル
- 予備走 被験者はトレッドミルで20分間走行し、自分にとって快適なペースを選択。この走行からPSLを算出し、さらに±8%、±16%の変化を加えた4種類のストライド長を設定。
- データ収集走 予備走と同じペースで走行し、PSLと変化ストライド長の5条件をランダム順で2分ずつ実施。呼気ガス分析装置(Parvo Medics)で酸素摂取量を15秒ごとに計測。
- データ解析 酸素摂取量とストライド長の関係を二次多項式で近似し、酸素摂取量が最小となるESLを算出。PSLとの差を求め、そのズレによる酸素摂取量の増加率を比較した。
結果の概要とデータ解釈
酸素摂取量の増加率
PSLとESLの差により生じる酸素摂取量増加率は以下の通りでした。
- 経験者:1.2 ± 0.03 %
- 未経験者:1.8 ± 0.03 %
- 群間差:p = 0.23(有意差なし)
この結果は、経験の有無にかかわらず、ほぼ同程度の精度で経済的ストライド長を自然に選択していることを示しています。
PSLとESLの差
ストライド長そのもののズレは経験者3.47%、未経験者5.43%でしたが、これも酸素摂取量の観点からは大きな差には結びつきませんでした。
個人差と曲線の特徴
被験者ごとに酸素摂取量とストライド長の関係曲線の形状には違いがありました。多くは短縮・延長どちらでも酸素摂取量が増加する対称型ですが、一部では短縮時の増加が小さく、長めのストライドで急激に効率が悪化するパターンも見られました。
なぜ経験の有無で差がなかったのか
筋骨格系の自動最適化機能
脚の剛性や質量といった身体特性が自然周波数を規定し、無意識にそのリズムに合ったストライドが選ばれる可能性があります。このため、未経験者であっても経済的なストライド長を選べると考えられます。
経験による適応とその影響
経験者は筋力や体組成、動作パターンにおいて適応が進んでいる可能性がありますが、本研究で用いられた速度域ではそれが酸素摂取量の最適化に大きな影響を及ぼさなかったと考えられます。
他研究との比較
De Ruiterら(2014)の研究では未経験者が最適化できないと報告されましたが、本研究とは速度設定やメトロノーム使用の有無、解析基準(時間 vs 距離)が異なります。このため、条件によって結果が変わる可能性が指摘されます。
実践的な示唆と応用
自然なストライドの尊重
ランニング経済性を重視する場面では、意図的にストライド長を変える必要性は低いといえます。自然なリズムで走ることが、その人の筋骨格特性に合致した効率的な走りにつながります。
怪我予防の視点
短いストライドは膝蓋大腿関節の負荷を軽減する可能性があります。一方でピッチが上がるため主観的な負担は増加することがあります。経済性だけでなく、怪我予防や疲労の蓄積にも目を向けて調整することが重要です。
高速走行やスプリントでの留意点
本研究は比較的遅い速度域で行われたため、競技レベルのスピードやスプリント局面では経済性よりも速度優先でストライド長を変える必要が出てきます。目的に応じた使い分けが求められます。
限界と今後の課題
- 対象が大学生中心で、年齢や競技歴の多様性が限定的であった
- 比較的低速での検証であり、マラソンレースペースやスピード練習での適用可否は不明
- 疲労や長期トレーニングによる変化を追跡していない
今後は、異なる速度域や長期間のトレーニング適応を考慮した研究が必要とされます。
まとめ
本研究は、経験者と未経験者がともに自然に経済的ストライド長を選択できることを示しました。市民ランナーにとって、経済性を重視する日常ランニングにおいては、意図的なストライド矯正の必要性が低いことを意味します。ただし、怪我予防や競技スピードの追求など目的によっては、ストライド長の調整が有効となる場合もあるため、状況に応じた判断が求められます。
参考文献
- Self-optimization of Stride Length Among Experienced and Inexperienced Runners

コメント