ランニングの持久力は筋トレで伸びるのか? 市民ランナーが知るべき科学的エビデンス

目次

筋力トレーニングと持久力の関係

持久系スポーツにおける筋力トレーニングの位置づけ

マラソンや長距離走といった持久系スポーツは、有酸素能力の向上が中心課題とされてきました。そのため多くのランナーは走行距離やインターバル練習に重点を置き、筋力トレーニングは「補助的なもの」とみなされる傾向があります。しかし近年の研究は、筋力トレーニングを計画的に組み込むことで持久力パフォーマンスそのものを改善できる可能性を示しています。

ランナーが筋力トレーニングを敬遠しがちな理由

市民ランナーの中には「筋トレをすると筋肉がつきすぎて体が重くなり、持久力が落ちるのではないか」と懸念する人が少なくありません。特にマラソンのような長距離では、体重が記録に大きく影響するため、この考えは根強く存在します。しかし科学的な検証では、適切に実施された筋力トレーニングによって体重増加は最小限に抑えられ、むしろ効率的な走りにつながることが報告されています。

「筋トレは重くなるから遅くなる」という誤解

持久力のパフォーマンスは単に体重の軽さだけで決まるわけではありません。ランニングでは「同じ速度で走るのにどれだけ少ないエネルギーで済むか」、つまり効率が大きな鍵を握ります。筋力トレーニングはその効率を改善するために有効であることが数値的に示されています。

ランニングエコノミーという指標

ランニングエコノミーの定義

ランニングエコノミーとは、一定速度で走る際に必要とされる酸素消費量のことを指します。同じペースで走っても、酸素を多く必要とするランナーと少なくて済むランナーがいます。酸素消費量が少ないほど「燃費が良い」走りができるということです。

エコノミーが1%改善すると記録にどう影響するか

研究によれば、ランニングエコノミーが1%改善するとマラソンのタイムが数十秒から数分短縮する可能性があります。トップレベルのランナーだけでなく、市民ランナーにとっても小さな改善が積み重なれば記録更新に直結します。

サイクリングエコノミーとの違い

サイクリングではペダルを回す動作が反復されるため、主に下肢筋の力発揮効率が重要です。ランニングでは地面からの反発を利用するため、筋腱のスティフネス(剛性)や反発エネルギーの使い方も関係します。この違いが筋力トレーニングの効果にも種目特異性をもたらしています。

レビュー研究が示す科学的知見

レビューの目的と対象

2014年に発表されたレビュー研究では、ランニングとサイクリングの持久力競技に筋力トレーニングを併用した場合の効果が整理されました。対象は高負荷(4RM程度)や爆発的動作(プライオメトリクス)を含むプログラムです。

ランナーにおける効果:ランニングエコノミーの改善

ランナーに関しては、高負荷あるいは爆発的な筋力トレーニングを組み合わせることでランニングエコノミーが改善することが示されています。これはつまり、同じ速度で走る際のエネルギーコストが低下することを意味します。

サイクリストにおける効果:高負荷筋トレの優位性

サイクリストでは、爆発的トレーニングよりも高負荷トレーニングを組み合わせた場合に明確な改善が見られると報告されています。特にサイクリングエコノミーや最大出力に対して効果が強いとされています。

乳酸閾値に対する影響と一致しない結果

乳酸閾値に関連する速度や出力の改善については、研究ごとに結果が異なっており明確な結論は出ていません。ただし、乳酸閾値以外の持久力指標、特にエコノミーや疲労困憊までの時間には肯定的な効果が示されています。

数値で見る筋トレの効果

ランナーにおける代表的な研究例

8週間にわたって最大筋力トレーニングを取り入れた研究では、以下のような改善が見られました。

  • 最大筋力:33%向上
  • ランニングエコノミー:5%改善
  • 疲労困憊時間:21%延長
    VO2maxや体重は変化していないにもかかわらず、走りの効率と持続力が向上している点が重要です。

サイクリストにおける研究例

競技サイクリストを対象にした8週間の研究では次のような結果が得られています。

  • 最大筋力:14%向上
  • サイクリングエコノミー:4.8%改善
  • 最大出力での持続時間:17%延長
  • 40分タイムトライアルの平均出力:約7%増加
    こちらもVO2maxや体重には大きな変化がなく、効率と持続力の改善が確認されています。

効果を生み出すメカニズム

II型筋線維の変化(IIXからIIAへの移行)

高負荷の筋トレにより、速筋線維IIXがより疲労に強いIIAへと変換されます。これにより持久的な収縮が可能になり、長時間のパフォーマンス維持につながります。

神経筋効率の改善とピークトルクの変化

筋力トレーニングは神経系の動員効率を高め、必要な力を少ない筋活動で発揮できるようにします。結果として筋肉の負担が減り、酸素消費も低下します。

筋腱のスティフネス向上

ランニングにおいては地面からの反発力を効率的に利用することが重要です。筋腱の剛性が高まることで反発エネルギーの損失が減少し、ランニングエコノミーが改善します。

II型線維の動員遅延と疲労耐性の増加

筋力が向上すると、走行中に速筋線維を動員するタイミングが遅くなります。その結果、より持久的にパフォーマンスを維持できると考えられます。

トレーニング実践への応用

高負荷筋トレと爆発的筋トレの違い

高負荷筋トレはスクワットなど重量を扱うトレーニングを指し、爆発的筋トレはジャンプやバウンディングのような素早い力発揮を伴う運動です。ランニングでは両者とも効果が期待できますが、サイクリングでは高負荷の方が優位とされています。

市民ランナーが取り入れるべき種目例

  • バーベルスクワット
  • デッドリフト
  • レッグプレス
  • プライオメトリクス(ジャンプ系)

頻度・負荷・回数の目安

研究で多く用いられているのは、4回反復可能な重量(4RM)を4セット、週2〜3回、6〜8週間継続する方法です。短期間でもランニングエコノミーや持続時間に効果が表れています。

維持期の取り組み

筋力の効果を維持するためには、週1回程度の筋トレを続けるだけでも十分とされています。レース期においても完全にやめてしまうのではなく、低頻度で継続することが推奨されます。

有酸素トレーニングとの干渉を避ける方法

筋トレは神経筋への負荷が大きいため、高強度のランニングと同日に行うのは避けた方が良いとされています。最も効率的なのは、筋トレを行った翌日に軽い有酸素を入れ、回復を促す方法です。

筋トレ導入にあたっての注意点

フォーム習得とケガ予防の優先

高負荷のトレーニングは正しいフォームで行わなければケガのリスクが高まります。まずは動作習得を優先し、無理のない重量から始めることが重要です。

個人のトレーニング歴や体力差による調整

研究で示されているプロトコルは競技レベルのランナーやサイクリストを対象にしています。市民ランナーが同じように取り入れる場合は、体力や経験に応じて負荷を調整する必要があります。

エリート研究と市民ランナーの違い

エリート選手は既に高い有酸素能力を持っているため、筋力トレーニングの効果が明確に現れやすい傾向があります。市民ランナーでは効果の出方に個人差があるものの、効率の改善という観点では十分に応用可能です。

筋力トレーニングがもたらす可能性

VO2maxが変わらなくてもパフォーマンスが伸びる理由

最大酸素摂取量が変わらなくても、酸素をより効率的に使えるようになればパフォーマンスは向上します。これは筋トレが「燃費の改善」に寄与していることを意味します。

記録向上だけでなく長期的なケガ予防にもつながる視点

筋力の向上は単に記録を伸ばすだけでなく、ランニング障害の予防にもつながります。筋腱の強化や動作効率の改善は、過負荷による故障リスクを減らす効果があります。

ランニングと筋トレの相互補完的な関係

持久走と筋トレは対立するものではなく、お互いを補完する存在です。走力を伸ばしたい市民ランナーにとって、筋トレは外すべきではない要素といえます。

まとめ

レビュー研究の結論は明快です。ランナーにとってもサイクリストにとっても、適切な筋力トレーニングは持久力パフォーマンスを改善する可能性があります。ランニングエコノミーやサイクリングエコノミーの改善、疲労困憊時間の延長、タイムトライアルの記録向上といった具体的な成果が示されています。市民ランナーにとっても、記録更新だけでなく故障予防や長期的な競技生活を支える基盤として、筋力トレーニングを取り入れる意義は大きいといえます。

参考文献

  • Optimizing strength training for running and cycling endurance performance: A review
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