筋トレでマラソン終盤が変わる?女性アスリートに学ぶ持久力の新常識

目次

ランナーにとって筋トレは必要か

持久系スポーツと筋力トレーニングの相性

ランナーにとって筋力トレーニングは賛否が分かれるテーマです。一般的には「マラソンに必要なのは有酸素能力だから、筋トレは不要」と考える人が多い一方で、「筋力があれば走りの効率が上がる」とする意見もあります。実際、従来の研究では、筋トレによってランニングエコノミー(一定速度で走るために必要な酸素量の効率)が改善する例もあれば、変化が見られなかった例もありました。

このように結論が分かれている背景には、筋トレの強度や種目、対象者のレベルなどの違いがあります。そのため、市民ランナーが「筋トレを取り入れるべきかどうか」を判断するには、最新の研究を丁寧に見ていくことが重要です。

従来の研究で示されてきた賛否両論

持久系競技における筋トレの効果としては、次のような報告がありました。

  • スプリントや坂道での加速力が改善する
  • フォームの安定性が増す
  • 体重増加によって相対的なランニング効率が低下する場合もある

こうした矛盾する結果があるなかで、特に注目されるのが「長時間の持久運動後におけるパフォーマンスへの影響」です。今回紹介する研究は、女性デュアスリートを対象に、高強度の筋トレがマラソンやロング走の終盤の粘りにどう影響するのかを明らかにしています。


サブマキシマム運動とは何か

サブマキシマム運動の定義

サブマキシマム運動とは「最大努力より少し下の強度で行う運動」を指します。マラソンやロング走で言えば、レースペースやLT(乳酸閾値)付近のペースが該当します。最大酸素摂取量(VO2max)に比べると余裕はありますが、長時間続けると疲労が蓄積していきます。

マラソンやロング走での具体的なイメージ

例えばフルマラソンでサブ3を狙うランナーなら、4分15秒前後のペースで42kmを走り続けることが求められます。このペースは全力疾走ではありませんが、30kmを超えると体感的には限界に近づき、ラストのスパート力も削がれてしまいます。

サブマキシマム運動後に起こるパフォーマンス低下

持久系競技でよく見られるのが「終盤にスピードを維持できない」という現象です。これは筋疲労やエネルギー枯渇だけでなく、神経筋機能の低下も関係しています。今回の研究は、この状況を再現するために「長時間のサイクリングやランニングの直後に5分間の全力テスト」を行い、筋トレの効果を検証しました。


研究の概要

被験者プロフィールと背景

対象となったのは19名の女性デュアスリートでした。平均VO2maxはサイクリングで54±3 ml/kg/min、ランニングで53±3 ml/kg/minと高い持久能力を持ち、すでにトレーニングを積んだアスリート層でした。

トレーニングの方法

被験者は持久系トレーニングのみを行うグループ(E群、n=8)と、持久系に加えて高強度筋力トレーニングを組み合わせるグループ(E+S群、n=11)に分けられました。介入期間は11週間で、E+S群は週2回の筋力トレーニングを追加しました。

実験の流れと評価方法

トレーニング前後で以下の測定を行いました。

  • 下肢筋力(ハーフスクワット1RM)
  • 脚部の除脂肪量(筋肉量)
  • サイクリング3時間またはランニング1.5時間後の5分間全力パフォーマンス
  • 運動中の酸素消費量と心拍数

高強度筋力トレーニングの内容

実施された種目と回数設定

E+S群が行ったのは以下のような下肢種目でした。

  • ハーフスクワット
  • レッグプレス
  • レッグカール
  • カーフレイズ

それぞれ3セットずつ、4〜10RMの重量設定で実施しました。RMとは「Repetition Maximum」の略で、その回数しか挙げられない限界重量を意味します。例えば4RMなら「4回で限界が来る重量」であり、非常に高強度です。

一般ランナーが取り入れる場合の工夫

市民ランナーが同じように実践するのは難しいため、最初は10〜12回を挙げられる重量(10〜12RM)から始めるのが現実的です。フォームを崩さずに動作を行えることを優先し、慣れてきたら徐々に重量を増やすと安全です。


研究で得られた結果

筋力・筋量の増加

E+S群ではハーフスクワット1RMが45±22%増加しました。さらに脚部の除脂肪量は3.1±4.0%増加し、下肢の筋力・筋量が明らかに向上しました。一方E群では変化が見られませんでした。

サイクリングとランニングでの全力パフォーマンス

  • サイクリングの5分全力:E+S群で7.0±4.5%向上
  • ランニングの5分全力:E+S群で4.7±6.0%向上
    E群ではいずれも有意な変化がありませんでした。

酸素消費量・心拍数の変化

サイクリング3時間の後半において、E+S群は酸素消費量と心拍数が低下しました。これは同じ強度であっても体への負担が減ったことを意味します。一方ランニング中には生理的な変化は見られませんでした。


結果が示す意味

サイクリングにおける生理的負荷の軽減

筋力トレーニングによってペダリング効率が改善し、酸素消費や心拍数が減少したと考えられます。これは持久的なパフォーマンスに直接つながる効果です。

ランニングにおける神経筋適応

ランニング中に酸素消費の変化が見られなかったにもかかわらず、全力パフォーマンスは改善しました。これは神経筋系の適応、すなわち筋肉の動員効率や無酸素的な出力が高まった可能性を示唆します。

女性アスリート特有の知見

この研究は女性アスリートを対象とした点で貴重です。市民ランナーにとっても、筋力トレーニングが終盤の粘りに貢献することを裏付ける知見といえます。


筋力トレーニングが持久力に貢献するメカニズム

筋繊維タイプの変化

筋トレによって速筋線維(IIAX)が中間的な持久力を持つIIA型に移行することが報告されています。この変化は「速さと持久性のバランス」を改善し、マラソン終盤の粘りに直結します。

筋持久力とランニングエコノミー

筋量が増えると一歩ごとの負担が軽減され、同じ走力でも余裕度が増します。これによりランニングエコノミーが改善し、スタミナが温存されます。

レース終盤の粘り

筋力は最後の数キロでの踏ん張りに直結します。ペースダウンを防ぎ、スパートに移れる力を支えるのが筋力の役割です。


市民ランナーが実践する際のポイント

どのような種目を選べばよいか

スクワットやランジ、レッグプレスなど下肢の大筋群を鍛える種目が基本です。加えて、ふくらはぎやハムストリングを意識した補助種目も有効です。

週あたりの頻度と実行しやすい方法

研究では週2回の高強度トレーニングが行われました。市民ランナーの場合は週1〜2回が現実的です。走る日と重ならないように調整すると疲労の蓄積を防げます。

ランニング練習との組み合わせ方

筋トレをした翌日にスピード練習を行うと疲労で動きが鈍くなるため、翌日はジョグや休養を入れるのが望ましいです。レース期には負荷を軽減し、維持目的で継続すると良いでしょう。

オーバートレーニングを避ける工夫

高重量でのトレーニングは効果が大きい反面、疲労も強いです。必ず十分な休養と栄養を確保し、体調に応じて重量を調整することが重要です。


この研究の限界と今後の課題

対象が女性アスリートに限定されている点

市民ランナーや男性アスリートに同じ効果があるかは断定できません。

サンプル数の少なさ

19名という小規模な研究であるため、より大規模な検証が必要です。

長期的な効果の検証不足

11週間という期間では、筋力向上の持続性やレースへの直接効果までは明らかにできません。

市民ランナーに当てはめる際の注意点

本研究の被験者は高度にトレーニングされたアスリートであるため、一般ランナーは強度を調整して取り入れる必要があります。


まとめ

高強度筋力トレーニングは、持久系の女性アスリートにおいて、長時間のサブマキシマム運動後のパフォーマンスを改善することが示されました。特にサイクリングでは酸素消費や心拍数が減少し、ランニングでは神経筋適応がパフォーマンス向上に寄与した可能性があります。

市民ランナーにとっても、筋力トレーニングはマラソン終盤の粘りを支える有効な手段になり得ます。走るだけではなく、筋力を鍛えることでレースの最後まで余力を持って走れる可能性が広がります。


参考文献

  • Heavy strength training improves running and cycling performance following prolonged submaximal work in well-trained female athletes
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