ランニングエコノミーとは何か
ランニングエコノミーの定義
ランニングエコノミーとは、一定の走速度で走る際に必要とされるエネルギー量を示す指標です。具体的には、サブマキシマルな速度(最大酸素摂取量の70〜85%程度)で走ったときの酸素消費量を測定し、効率の良し悪しを数値化します。同じVO2max(最大酸素摂取量)を持つランナーでも、ランニングエコノミーが良いほど少ないエネルギーで走れるため、結果的に速いタイムにつながります。
VO2maxや乳酸閾値との違い
VO2maxは心肺機能の限界値を表す一方、ランニングエコノミーは「その能力をどれだけ効率的に活用できるか」を示す指標です。また、乳酸閾値(LT)は持続可能な強度の上限を表します。これらは相互に関係していますが、ランニングエコノミーが優れているランナーは同じVO2maxでもより長く、速く走ることができます。
市民ランナーにとっての重要性
市民ランナーは練習時間や体力的な制約があるため、VO2maxを大幅に伸ばすことは難しい場合があります。そのため効率的な走りを追求する「ランニングエコノミーの改善」がタイム短縮の鍵となります。
筋力トレーニングとランニングの関係
なぜ筋力トレーニングが持久走に効果をもたらすのか
一見すると筋力トレーニングは短距離やパワー競技向けと思われがちですが、実際には持久系競技にも大きな効果があります。筋肉や腱の弾性エネルギーを効率よく利用することで、1歩あたりのエネルギーコストを減らし、長距離を経済的に走れるようになるからです。
筋腱ユニットと伸張‐短縮サイクルの役割
走動作では、着地時に筋肉と腱が伸び、その後に反発力を利用して蹴り出します。これを伸張‐短縮サイクル(SSC)と呼びます。SSCが効率的に機能すると、筋肉の収縮に頼らずに腱のバネの力で推進力を得られるため、ランニングエコノミーが向上します。
過去の研究で示されてきた知見
これまでの研究では、筋力トレーニングによって筋腱の剛性が高まり、SSCの効率が改善されることが報告されています。しかし、具体的にどのような筋トレがどの速度帯で効果的かについては明確に示されていませんでした。
研究概要
本レビュー・メタアナリシスの目的
今回紹介する研究は、31の先行研究を統合した系統的レビューとメタアナリシスです。目的は、中距離および長距離ランナーにおいて、筋力トレーニングがランニングエコノミーに与える効果を走速度別に明らかにすることでした。
対象となったランナーのレベルや人数
解析には652人のランナーが含まれ、年齢は17〜45歳、男女比は男性472人、女性180人でした。トレーニング経験のレベルは、中等度、よく訓練されている、高度に訓練されているといった層に分かれていました。
筋トレの種類
対象となった筋トレ方法は以下の5種類です。
- 高負荷トレーニング(80%以上1RM)
- サブマキシマル負荷トレーニング(40〜79%1RM)
- プライオメトリクス(ジャンプや反動を利用したトレーニング)
- アイソメトリクス(静的な筋収縮)
- 複合プログラム(複数の方法を組み合わせる)
評価方法と走速度の範囲
ランニングエコノミーは7.0〜18.0 km/hの範囲で評価されました。これはジョグからレースペースに近い速度まで幅広く含まれます。
筋トレ方法ごとの効果
高負荷トレーニング
- 12 km/hを超える速度で効果が顕著に現れ、特に高速域でランニングエコノミーが改善しました。
- VO2maxが高いランナーほど効果が大きく、競技志向のランナーに適していると考えられます。
サブマキシマル負荷トレーニング
- 40〜79%1RMの中程度の負荷を用いたトレーニングは、ランニングエコノミーに明確な改善をもたらしませんでした。
- 筋腱への刺激が不十分で、SSCの効率改善につながりにくかった可能性があります。
プライオメトリクス
- 12 km/h以下の低速走において有意にランニングエコノミーが改善しました。
- ジョグやマラソンペース前後の効率を高める効果が期待できます。
アイソメトリクス
- 足関節など単関節運動を対象とした研究が多く、ランニングエコノミーの改善は限定的でした。
- マルチジョイントでの検証が必要とされています。
複合プログラム
- 高負荷とプライオメトリクスを組み合わせたプログラムでは、小〜中程度の効果が見られました。
- 効果の大きさは研究ごとにばらつきがあり、外れ値の影響も確認されました。
速度が効果を左右する理由
U字型の関係
ランニングエコノミーと速度の関係はU字型を示すことがあります。低速や高速では効率が悪化し、中速で最も効率が良いとされます。
高速走で効く高負荷トレーニング
高速走では筋力発揮と腱の剛性がより重要になるため、高負荷トレーニングによる効果が顕著になります。
低速走で効くプライオメトリクス
低速走ではSSCの効率化が鍵となり、ジャンプ系の動きが効果的に作用します。
実際のトレーニング応用
マラソンを目指す市民ランナーへの応用
- 高負荷トレーニングはスピード練習やレース後半を意識する市民ランナーに有効です。
- プライオメトリクスはジョグやマラソンペースでの省エネ走法を支えます。
週あたりの回数と期間
研究の多くでは6〜14週間、週2〜4回の頻度で実施されていました。この範囲が効果を得やすいと考えられます。
ランニング練習との組み合わせ方
スピード練習と高負荷トレーニングを組み合わせる、ジョグの日にプライオメトリクスを取り入れるといった方法が現実的です。
研究の限界と注意点
対象研究の偏り
一部の筋トレ方法(特にサブマキシマルやアイソメトリクス)は研究数が少なく、結論は限定的です。
測定の不均一性
ランニングエコノミーの評価方法や速度設定が研究間で異なり、結果にばらつきを生じています。
トレーニング内容の多様性
同じ「高負荷トレーニング」でも種目や回数が異なり、実際の効果に幅があります。
今後の展望
多様なランナーを対象とした研究の必要性
市民ランナーを対象にした研究はまだ少なく、今後の検証が期待されます。
サブマキシマルやアイソメトリクスの再評価
現時点では効果が乏しいとされた方法も、種目や組み合わせ次第で有効になる可能性があります。
個別化された筋トレ処方
走速度や体力レベルに応じて、どの筋トレを優先すべきかを個別に考えることが重要です。
まとめ
今回のレビューから、筋トレの効果は速度によって異なることが明らかになりました。高速走では高負荷トレーニングが有効であり、低速走ではプライオメトリクスが効果を発揮します。複合的なプログラムは中速域で有効ですが、研究ごとに結果が異なる点に注意が必要です。市民ランナーにとっては、自身の練習ペースや目標レースに応じて適切な筋トレを選ぶことが、効率的な走りにつながります。
参考文献
- Effect of Strength Training Programs in Middle- and Long-Distance Runners’ Economy at Different Running Speeds: A Systematic Review with Meta-analysis

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