カーボンプレートの硬さがハーフマラソンでどう影響する? エネルギー効率と疲労の最新研究から読み解く

目次

背景と研究の重要性

ランニングシューズの進化とカーボンプレートの登場

近年、マラソンやロードレースの世界では、厚底ソールとカーボンプレートを組み合わせたシューズが記録更新を後押ししている。ナイキの厚底シューズ登場以降、多くのメーカーが同様の設計を採用し、一般ランナーの間でも急速に普及した。このシューズの特徴は、ソール内部にカーボンファイバー製のプレートを搭載し、屈曲性を制御することで反発力と推進効率を高める点にある。

縦方向曲げ剛性(Longitudinal Bending Stiffness)とは

研究の中心となる概念が「縦方向曲げ剛性」である。これは、シューズを前後方向に曲げようとしたときの硬さを示す指標で、簡単に言えば「どれくらい曲がりにくいか」を意味する。カーボンプレートの厚みや形状が大きく影響し、硬さが高いほど反発力は大きくなると考えられている。しかし一方で、硬すぎるシューズは足の自然な屈曲を妨げ、快適性や筋肉負荷に影響を与える可能性がある。

市民ランナーにとっての関心

トップ選手だけでなく、市民ランナーにとっても「硬さがパフォーマンスにどう影響するか」は重要なテーマである。短時間のランニングでは経済性が向上するという報告もあるが、ハーフマラソンのような長時間のランニングで同じ効果が得られるかどうかは明らかでなかった。


研究の概要

研究の目的

今回紹介する研究は、縦方向曲げ剛性の高いシューズと標準的なシューズを比較し、ハーフマラソン走行中におけるエネルギーコスト、生体力学的な変化、そして疲労への影響を検証することを目的とした。

被験者の特徴

対象となったのは、ハーフマラソンを1時間40分以内で走れる、十分にトレーニングを積んだ男性ランナー13名である。市民ランナーの中でも比較的走力の高い層であり、フルマラソンに換算すると3時間台前半からサブ3を狙える水準に相当する。

実験条件

参加者は二種類のシューズを用いた二回のトレッドミル走を別日に実施した。一方はカーボンプレートにより剛性を高めたシューズ(高剛性条件)、もう一方は標準剛性のシューズ(標準条件)である。走行速度は、各ランナーの第二呼吸性換気閾値の95%という高めのペースに設定され、実際のハーフマラソンレースに近い強度で行われた。


測定項目と定義

エネルギーコスト(Cr)

Crは「ランニングエコノミー」を表す指標の一つで、一定速度を維持するために必要なエネルギー消費量を示す。値が低いほど効率的に走れていることを意味する。

接地時間と中足趾関節背屈角

接地時間は、一歩ごとに地面と足が接触している時間の長さである。短いほど素早いストライド切り替えが可能になる。一方、中足趾関節背屈角は、蹴り出し時に足の指の付け根がどの程度反り返るかを示す角度であり、推進力の生成や足部の負担に関わる。

足関節底屈筋(PF)力

PFはふくらはぎや足首周囲の筋群が発揮する力で、ランニング中の蹴り出し動作に直結する。長時間走行後のPF力低下は、疲労の指標として用いられる。

主観的快適性

走行中や直後に、シューズの履き心地や快適性について被験者に自己評価を求める。硬さや反発感が強いシューズは、好みや疲労感に影響を及ぼす可能性がある。


主な結果

エネルギーコストの変化

高剛性シューズは、12km/hで行った6分間ランニングにおいて、標準シューズより平均1.0%(±2.1%)効率的だった。統計的にも有意差が確認され、短時間のランニングでは経済性がわずかに改善されることが示された。

しかし、ハーフマラソン走行全体ではエネルギーコストが時間経過とともに上昇する傾向があり、剛性条件による差は見られなかった。つまり、長時間では硬さの利点は消失する可能性がある。

生体力学的変化

高剛性シューズでは接地時間が約3%延び、中足趾関節の背屈角が9%減少した。これは、シューズの硬さによって足部の自然な屈曲が制限され、接地局面が長くなる一方で、蹴り出し時の反り返りが抑えられたことを意味する。

疲労の影響

足関節底屈筋の力は、走行後に高剛性シューズで20.0%(±9.8%)、標準シューズで13.3%(±11.0%)低下した。統計的に有意な差があり、高剛性シューズではより大きな疲労が生じたと解釈できる。

快適性の評価

被験者の主観的評価では、高剛性シューズは標準シューズより快適性が低いと感じられた。特に長時間走行における足部の負担感が要因として挙げられる。


データの解釈

短時間と長時間で結果が異なる理由

短時間では剛性の高さが反発力を活かし、わずかなエネルギー効率改善につながった。一方、長時間走行では疲労や足部ストレスが蓄積し、利点が相殺されたと考えられる。

疲労と剛性の関係

高剛性シューズは蹴り出しに必要な足首周囲の筋肉に大きな負荷をかける可能性がある。その結果、後半では筋力低下が顕著になり、むしろ効率を下げる要因となる。

快適性の影響

快適性の低下は主観的評価にとどまらず、フォームの乱れや集中力の低下につながる可能性がある。特に市民ランナーの場合、後半のペース維持や完走の快適さにも影響する点は見逃せない。


先行研究との比較

短距離・短時間研究との違い

従来の研究は、5kmや10km程度のランニングエコノミーを測定するものが多く、短時間での剛性の利点を示してきた。本研究はハーフマラソンという長距離設定であり、これまでの知見と異なる結果を提供している。

長距離における新しい知見

長距離では単純に剛性を高めれば良いわけではなく、疲労や快適性といった要素を含めた総合評価が必要であることが明らかになった。


今後の応用と課題

シューズ開発への示唆

シューズメーカーは剛性だけに注目するのではなく、プレート形状やフォーム材質、重量バランスなど複合的な要素を最適化する必要がある。

市民ランナーにとっての選択基準

サブ3を狙うランナーや短距離・短時間のレースでは硬めのシューズが有効な可能性がある。一方、ハーフやフルマラソンでの快適性や後半の安定性を重視するなら、適度な剛性のモデルを選択することが重要となる。

今後の研究課題

今回の研究は男性ランナーのみを対象とし、実験もトレッドミルで行われた。女性ランナーや屋外レース条件での検証、さらに異なる剛性レベルの比較など、今後の研究が期待される。


まとめ

カーボンプレートによる剛性の高さは、短時間走行ではエネルギー効率をわずかに改善する一方、ハーフマラソンのような長時間走行ではその利点は薄れる可能性が示された。また、剛性が高いほど足首周囲の筋疲労や快適性低下が顕著となり、総合的なパフォーマンスへの影響は単純ではない。市民ランナーがシューズを選ぶ際は、剛性の高さだけでなく、自身の走力・距離・快適性のバランスを考慮することが求められる。


参考文献

Effect of Footwear Longitudinal Bending Stiffness on Energy Cost, Biomechanics, and Fatigue during a Treadmill Half‑Marathon

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